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戦艦:扶桑
日本初の超ド級戦艦です。
太平洋戦争では鈍足・防御力不足で二線級の扱いを受けていましたが、完成当時は世界最大かつ最高クラスの攻撃力とスピードを誇っていました。
改装後の塔のような艦橋(全高50m!)が非常に印象的な艦です。
メインには最終時のシルエットをプリントし、左袖には艦名の「扶桑」が入ります。
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「扶桑」は日露戦争直後に建造を計画され、日本初の超ド級戦艦として1915年に竣工した。
主砲は当時の標準になりつつあった36cm連装砲を6基も搭載、速力も当時としては優速である22.5ノットであった。 また基準排水量の29,330トンは世界最大で、日本の建艦技術が飛躍的に向上している事を知らしめた・・・が、初モノの兵器に有りがちな問題も多数抱えていた。
3番・4番砲塔の配置が悪く一斉射すると爆風が艦全体を襲う、旋回時に速度が低下する、防御力が不足、などがあり、更には艦全体のレイアウトに発展性が無かった事が後々響く事となる。
2度の大改修の他、大小の改修を行ったが劇的な改善とはならず、特に速力の向上が望めなかった事から太平洋戦争の頃には二線級の扱いとなった。
ミッドウェー海戦で出撃をするも活躍はせず、敗色濃厚となった1944年に「捷一号作戦」により出撃、レイテ湾を目指したがスリガオ海峡で米戦艦群に迎撃され轟沈した。
戦史上は華々しい活躍の無かった老艦ではあるが、たった10年足らずで国産最大だった筑波型(13,750トン)の3倍近い3万トンクラスの戦艦を建造した事は特筆に値する。
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竣工 :1915年
排水量 :34,700トン
全長 :212.75m
乗員 :約1396名
最大速度 :24.7ノット
兵装 :35.6cm連装砲×6基
15.2cm単装砲×14基
同型艦 :「山城」 |
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サイズ(cm)
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身丈
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身幅
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S
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66
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49
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M
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70
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52
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L
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74
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55
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XL
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78
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58
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